ヨーロッパのモダニズムに影響を及ぼした鳳凰堂

ヨーロッパのモダニズムに影響を及ぼした鳳凰堂

ヨーロッパのモダニズムに影響を及ぼした鳳凰堂

北欧家具のデザインを一変させた建築や工業のモダニズムも日本の家具にはあまり大きな変化をもたらせることはありませんでしたが、逆に、モダン・デザインの世界では日本の影響を強く受けた部分もあります。

モダニズム建築の巨匠の1人、フランク・ロイド・ライトは1893年、シカゴで行われた万博で、日本が出展した平等院鳳凰堂のモデルを見て衝撃を受け、ロイド自身の建築方法を大きく転換させています。

欧米の建築様式はゴシックやバロックなど歴史的に見て装飾で大きな違いはありますが、基本的には石造りの壁が部屋と部屋を仕切り、ドアによってつながります。

日本の家屋の部屋は逆に襖や障子によって仕切られ、境界線は柱によって定められており、室内から屋外まで決められた動線がありません。

これは風土や環境によって成り立った相違ではありますが、この日本建築の自由度でシンプルな構造を自分の設計に取り込もうとしたロイドはプレイリー・スタイルという独特の建築様式を生み出ました。

水平線を強調し、部屋同士を完全に仕切ることなく、ひとつの空間として穏やかにつなげることが特徴です。

ライトの帝国ホテルはついに完成しませんでしたが、日本にはライトが設計した自由学園の校舎があります。

柱と枠組壁工法で造られた木造建築ですが、プレイリー・スタイルを取り入れた左右対称のデザインは鳳凰堂のシルエットを感じさせます。

伝統を発見して革新に取り入れ、それを模倣することでデザインは受け継がれていくという見本のような例ですね。

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